日本の住環境を一刀両断

言語道断

完成間近の住宅を拝見して

きょう、完成間近の在来工法の物件を偶々拝見しました。

地元の工務店の施工でしたが、サッシはかなり結露していました。気象条件に問わず家自体には不健康な事と思います。

断熱材の施工前後から作業工程には疑問の残る施工内容でしたが・・・・・。

施主さんとは面識がありますが、さすがに言えませんね。在来や工務店がいけないとは思いませんが多分現場施工内容に問題ありでしょう。

立派なお宅なんですが正直、いまの我が家と遜色ないくらい住み心地は悪いと推測してしまいます。

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住宅前線異常あり!過剰生産大量消費に物申す

いまの消費社会は痛んだものはスクラップとすることが美徳とされ、多くの限りある資源を浪費し大切な自然を痛めています。

すでに戦後のような住宅不足は解消され今は住宅は飽和状態で余ってます。多くの住宅メーカーは資源を消費し利益追求しそのような住宅業界の体質としたのも施主であります。

昔は住宅は丁寧に時間を掛け手作業でつくられましたがそれが、大手メーカーの進出で家は商品化され大量生産し新建材が登場して家づくりは一変します。規格化されましたが家は所詮現場施工でつくられます。新建材は15年程度しか持たず、メーカーにすれば都合がいい部材です。短時間で家が出来、安く早く生産でき保障期間内はクレームがなく済めばいいのですから。

「旦那」と以前施主はそう呼ばれていました。物事の分別が分かり仕事の良し悪しが分かっていたからでしょうね。RFSで建てられる多くのオーナーさん達はそう呼んでも差し支えないほどの知識と情熱に溢れておられますね。

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家は工業製品ではない。

決して、工業製品が悪いという意味ではありませんが・・・・・・・・。

家づくりにはいろいろな考え方があると思いますが、リンドバーグとアップルパイ的にはチョット言わせていただきましょうか。

子供の入学に合わせて建てたがるし、計画から半年程度で入居してたりで家を手に入れる事の感覚そのものがズレていると感じます。

「家を買う」言葉自体に違和感を覚えます。

「買う」わけだから対象は「商品」ということになり、商品となれば「買う」時点で完成品となります。

家は自分にあったものをしつらえるのではなく要望に近い完成品探すことになるのではないでしょうか?

家をつくる材料やプロセスには、表層的な部分しか注意を払ってないので本来一番重視して考えないといけないことに気づくべきだと思う。

家は買うものではなく建てるもの、もっというとつくるものはずでリストの中から選ぶのは家づくりではないし効率とか目に見える効果などの物差しで計っちゃうといけないよ。

なんだかんだ言うても規格品のようにみせていたとしても建てる時は設計士、現場監督、職人さんなどなど現場での一品生産の性格は変わんないだから工業製品とは言えないし工業製品と呼べるならそれは材料や作り方の一部にすぎないのではなかろうか思うな。だいいち工業製品のメリットをひとつも享受しておらんので100歩譲って工業製品風の現場生産品かな?

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普通の家って?

普通の家と呼べる住宅は何だろう?

簡単に言うと、「?(ハテナ)」のない家ではないだろうか?

いまの住宅は「?」に包まれていませんか?

住宅の建築現場の作業を見ていると「なぜ?」、「どうして?」て疑問になることいっぱい見て取れます。

普通の家を手に入れるには、信頼できる工務店なりメーカー及び設計事務所と出会う以外ないと言えるでしょう。

作り手と建材メーカーがつくり易い家言い換えれば住み手の事を軽視した家づくりを容認してきたのは家づくりに対して無関心だった建て主になるんかな?

情熱は不可欠だろうし、その思いは満足できる家が建てられると思っているので実践するのみです。

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SUGI/杉をつかうということ

杉の歴史とかかわりー杉は日本古来のもので、日本以外には無く学名を「クリプトメリア・ジャポニカ(Cryptomeria japonica)」=”隠された日本の財産”を意味します。

杉の植林は室町時代とも伝えられており寺社仏閣の構造材として植林=用材の確保が図られていたようです。木目は柾目が真っ直ぐで細かく美しい杢は(屋久杉や吉野杉が代表格)とても珍重されてきました。それに加え、優れた調湿機能、香りを生かし住宅や舟又は樽と日本の暮らしと深い関わりが続いています。

杉のちからー住環境で捕らえると、日本古来の住宅は木と紙で作られ土地と風土・気候あった空間を提供し調湿機能のある木はカビやダニの原因となる結露と湿気を住まいから追放し、桧や杉から匂う香りで人はリラックスしてストレスを癒して安らぎを与えてくれます。それ以外でも、酒樽には香りつけに杉を用いてきました。                                                                            

杉の問題ー戦後で森林は荒廃と化しましたが、農林省が育成が早くて楽な杉を植林して1957年に国有林生産増強計画を策定=建用材として天然林を伐採し杉を中心とした樹種転換を図って経済成長の下支えを担っていきます。

ところが、円高による為替レートの変動で外国材の輸入増大や建築工法の変化は国産材の価格低迷を招林業がもはや産業として成り立たなくなり森林の育成が後回しとされ山は荒廃していく悪循環の負のスパイラルへと陥っていったのです。

で、現在の問題は森林荒廃での土石流の多発や海岸部への土壌流出の深刻な漁業被害に杉花粉等の人体への悪循環も指摘されしいては林業家の人手不足及び後継者不足で山が管理されず野放しに価格の安い発展途上国での伐採で地球環境への影響が懸念され、森林が本来もつ生態系への影響などさまざまあります。

杉を使うわけー我が日本の国土の67%が森林にあるにもかかわらず木材の国内自給率はわずか20%にしかならず年間1兆2000億円(2005年度実績・財務省「貿易統計」より)もの木材が輸入されています。

森林大国と言われる北米カナダの自給率はなんと303%、森林の少ない英国イギリスでさえ25%と日本より高い自給率を誇っているんです

森林資源が大量放置されているにもかかわらず、活用を図れない環境にこそ今日的な日本の森林問題があると 思います。

最後に2005年2月から発効となった京都議定書にもふれておきたいと思います。

日本においての温室効果ガス第一約束期間削減目標(1990年排出量よりマイナス6%)の内、最大3.9%を(平成20年10月現在では、基準年の温室効果ガスの総排出量の増加により3.9%から3.8%に修正)森林の吸収分としてカウントするこたが認められ、対象となるのは、1990年以降に人的活動での植林・再植林・森林減少・森林経営がなされた森林になります。

つまり国産材を育てて使い森林を循環させることが必要な訳です。いま荒れ果てたまさしく荒廃してゆく国土を保全育成することは強、近未来への火急な命題と言えるでしょう。

林野庁は国産材の利用を通して日本の本来あるべき健全な森林整備を推進し、森林による吸収目標の達成を目指すよう提唱しています。

2001年度森林面積内訳(林野庁・資料)によると、森林面積2512万haの内天然林1335万ha(53%)で人工林1036万ha(41%)の内スギ452万ha(18%)、ヒノキ257万ha(10%)、その他327万ha(13%)となり天然林もしくは人工林にも属さないその他は141万ha(6%)と情報が古いですが、現状は留意しがたい状態に置かれていると言わざろうえません。                  

外材反対のポジションではなく国産・外国産材の隔てなく木材が好きで、その特性も鉄や石やコンクリート等の建材に勝る所が多々あります。

むしろ、場当たり的な政策と問題を放置し対策を打ち出せないまま輸入依存に頼る危機的状況を危惧し一刻も早い体質改善を願うばかりです。                                 

                                      

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